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英語を学びたい。話せるようになりたい。アメリカの文化を経験したい。そのような気持ちから始まった留学生活ですが、当初の私はこのランカスターでの経験が私の人生にここまで影響を及ぼすとは想像さえしていませんでした。

 私が留学を始めたのは高校2年生の夏です。私が降り立った飛行場は農場と林で囲まれていました。そこから数時間のドライブを経て、着いたのが私のステイ するランカスターです。ランカスターはとても自然の多い、素晴らしい場所です。夏には蛍と満点の星空が見え、冬にはあたり一面が真っ白な雪で埋め尽くされ ます。ダウンタウンに行けば、モールやレストランなど様々なことができ、不便はありません。飛行場からランカスターへのドライブの中見えたどこまでも続い ているような広原は私にアメリカに来たことを実感させてくれました。

 その後、私は無事にホストファミリーと面会を果たし、私のアメリカ生活がスタートしました。私が通う学校はLiving Word Academyという小さなクリスチャンスクールです。最初は、英語を話すことができなかったので、とても苦労しました。英語の文章の読み書きはまだし も、私の発音はかなりひどかったようで、コミュニケーションをとるのに身振り手振りでの説明や辞書の助けが不可欠でした。しかし、それでもクラスの人達は 積極的に挨拶をしてくれたし、ホストファミリーや先生たちは辛抱強く、私の英語を理解しようと努力してくれました。そのおかげで3ヶ月もたつと私の英語も ましになり、様々なことを聞き取れるようになりました。

 秋にはよく、ホストファミリーや教会の友達と庭で焚き火を囲み団欒のひと時を過ごしました。闇夜の中でひとりひとりを照らし出す焚き火の灯り。それを囲み笑いあう人々の姿は今でも忘れられません。

 学校ではサッカーのチームに入っていました。真夏の気が遠くなるような暑さの中での練習はつらかったけれども、同じ苦しみをともにすることでチームメイ トとの絆が少しずつ深まっているいくのがわかりました。私たちのチームはリーグで決勝戦まで行きましたが、結局最後の最後で敗れてしまいました。しかし、 チームメイトと共有できた時間はアメリカでのかけがえのない時間のひとつです。

 最終学年ではクラスメイトとヨーロッパのラトビアという小さな国に行きました。そこですごした時間は忘れがたいものです。クラス全体が国や文化の違いを 超えてひとつになり、本当に楽しい時間がすごせました。バルト海でみなで凍えながら泳いだこと。現地の学生とカラオケやアイススケートをしたこと。数え切 れないほどの思い出をつくりました。

 クラスメートやホストと過ごした時間は本当に楽しく、彼らとの思い出は本当にかけがえのないものばかりです。しかし、アメリカ生活全てが楽しかったというわけではありません。中にはとてもつらい時期もありました。

 私は英語がまったく話すことができませんでしたし、初めの頃は何を話しているのか聞き取ることさえ困難でした。先生たちやホストの助けとともに何とか やっていくことができましたが、やはりコミュニケーションが上手く取れないことで、とても孤独に感じるときがありました。その時間は私の人生のなかでもっ ともつらいものだったと思います。その間、自分の人生の意味や自分の価値について様々なことを考えさせられました。しかし、その苦しみを乗り越えて得た 「答え」は私の人生を完全に変えてくれました。私は人生の意味を見つけました。それは本当にかげがえのないものです。私はこの先の人生でその「答え」を捨 てることはないでしょう。そしてその「答え」はこのマスタードシードの留学を通してでなければ見つけることはできなかったと思います。

 18年生きてきた中でたった2年。しかしその思い出は私のアメリカに来る前の16年の思い出を凌駕します。 私の人生はもうこの2年なしにしては語ることができません。そしてきっとあなたもマスタードシードの留学を通して、同じ、もしくはそれ以上の経験ができる ことでしょう

         (岩田 昌大:2008年~2010年 高校留学)




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